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広沢寺清掃集会 FAINAL

 2025 年3月2日、最後の広沢寺清掃集会が行われた。参加された会員の皆様お疲れ様でした、そしてありがとうございました。
 参加者に記念品として配布されたのは、刃に「広沢寺の岩場を守る会」と刻印されたフランス・オピネル社のナイフ No08 であり、定価は 3740 円の立派な参加賞であった。

 それはともかく、広沢寺問題のそもそもの始まりはこうであった。
広沢寺の岩場で仕事を終えた安村ガイドを呼び寄せ、ある人物がこう言った「おまえ等は、俺の土地で何を勝手な事をやってるんだ。ここはもう使わせないからな!」
 地主の氏からの一言であった。氏は林道に止めた自家用車で森林火災時に消防車が入れない事やクライマーのし尿処理に付いても文句を言ったそうである。

 長年使ってきた広沢寺の岩場が使用禁止!の事態に、何とかしなきゃとクライマー仲間が集まった。最年長の相川氏(故人)を代表にガイドの安村氏、労山から私(暇と思われた?)、地元伊勢原で食堂「ぼんち」経営のマスターなど日頃広沢寺で顔を合わせる連中が急遽集まって対策を練った。
 当時は未だ働いていた私は、仕事帰りに全国理事の仕事で東京に行ったり、守る会の打ち合わせでは逆方向の伊勢原まで何度も通う事になった。(通うのは辛ったが、会議の後の「ぼんち」の食事は美味かった。尚「ぼんち」は 2024 年2月に地元の人達に惜しまれながら 50 年の幕を閉じたそうです)。

 当初は地主の使用禁止の意思は固く、なかなか展望も開けなかった。岩場の場所は個人の私有地であるため、所有者が許可しなければどうすることも不可能だった。
 林道停車のクライマ-の車に駐車場に止めるよう声をかけたり、駐車禁止の看板を設置したりもした。そんな中、岩場周辺の清掃をしてクライマー側も地元の環境整備に協力する姿勢を見せようと 2001 年に第1回の清掃集会を呼びかけた。ところがこの日は大雪で、それでも集まった 25 人で細々と清掃を行ったエピソードも。

 毎年清掃を行ううちに、地元の市会議員や七沢自治会、観光協会との関係もつながり、地元や周りの働きかけもあって、地主のN氏も岩場を使用する事を納得してくれた。
 また清掃集会時のトン汁提供や粗大ゴミ処理、林道途中へのトイレ設置など積極的に協力してくれる体勢が実現した。

 クライマー側も地元の岳連や労山、クライミングジムへと協力関係を拡げ、恒例とした清掃集会には 100 人を超える参加者が集う規模になっていった。

 細々と4人?で始めた「守る会」が 25 年(四半世紀!)も続くとはまさか思ってもいなかったし、清掃集会がこんな規模になり、地元の協力で今後も首都圏クライマーの貴重なゲレンデとして存続していける事は本当に嬉しいと思う。
 神奈川では他にも鷹取山や幕岩で岩場使用禁止問題が発生している。
 鷹取山では、壁にクライマ-の残したスリングを取ろうとした子供の転落死亡事故をきっかけに横須賀市が使用禁止の方針を打ち出した。それに対して労山や岳連で共同して使用嘆願運動を組織し、地元鷹取町住民への嘆願署名集めまで行った。結果「鷹取山協議会」が設置されクライマーが安全を見回る等を条件に使用が許可された。
 私も当番で見回りに行ったこともあるが、現在は有名無実となっており誰も見回りなどしていない。また何か事故が起こったらきっと問題になるだろう。
 湯河原幕岩では、遊歩道への落石を契機に岩場が一時使用禁止になった。遊歩道の観光客に怪我があったら観光が潰れてしまうというのである。広沢寺のこともあり禁止の撤回に向け我々も参加して小田原クライマーズ倶楽部等と打ち合わせを行った。
 だが湯河原町は、幕山が梅まつりの大規模な観光事業の場という事や、日頃から駐車場問題などでクライマーに対してあまり良い感情を持っていなかった等ということもあり、中々撤回は難しかった。結局フリークライミング協会や議員等を通した働きかけを通して使用は許される事になったが、未だにテントウムシエリアやニューエリアに対しては、禁止となったままである。

 首都圏でも最近日和田の岩場や、阿寺の岩場が使用禁止になった。こちらは死亡事故や私有地ゆえの地主の意向が原因だと聞いている。日和田のような昔からある大きなゲレンデが禁止になったのには驚いた。クライミングはやはり普通のスポーツと較べると、どうしても事故や危険を伴う場合が多いため仕方の無い側面もあるし、日本ではアメリカ等のように文化としてのクライミングが認められている状況でもない為、事故等を嫌う地主や自治体からの理解は得にくい。

 だが日本の全てのエリアでクライミングが忌避されている訳ではない。
 岡山の備中や、三宅島ではクライミングを地域おこしや村おこしに組み込んで、地元や自治体はクライミングを積極的に推進している。
 広沢寺も地元厚木市の地域おこし、里山作りの一環として取り入れられたからこそ岩場の使用が許されたという測面も否定できないだろう。当時七沢地区では自治体や観光協会を挙げて、炭焼きや見城山の登山ルート整備等で地域おこしを積極的に行っており、その一環として広沢寺のクライミングも含めていく事が推進されていたのだ。

 結局現状での岩場の使用問題、アクセス問題については、地元の協力を如何に取り付けるのかが重要な課題だと言えるだろう。その為にはローカルクライマーによる日頃からの接触や、協力、問題処理といった地道なコミュニケーションが欠かせないと考える。
 清掃集会は 25 年を契機に一旦終了することになった。でも「岩場を守る会」の活動は今後も続いて行くし、続けていかなければならないと思う。
 今後も是非会員諸氏のご協力をお願いします。

広沢寺の岩場を守る会 幹事
香取 純

[参加者] なべさん、純、静子、みず、KuriG、ケンタ、しんめい、かず、佐和ちゃん、ねこ、ちょう、ふくいち、miyuki、kany、コッシー、ちい
[実施日] 2025.03.02(日)

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会員は相模原・厚木エリアを中心に、
町田、横浜、大和、座間、海老名、八王子に在住し、
様々な登山ジャンルで活動している地域山岳会です。

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