日光・霧降ノ滝
小学校6年の夏、日光林間学校のお土産で買った絵葉書セットには4つの滝があった。
華厳の滝、竜頭の滝、湯滝、そして霧降ノ滝だった。それから 40 数年後の夏にそのうちのひとつに登りに行くなどとは夢にも思わなかった。
霧降ノ滝は上滝(25m)と下滝(26m)に分かれており、その間は 100m くらいの歩きセクションになっている。
右岸高台に観瀑台があり、誰でも遠望はできるが上滝も下滝も部分的にしか見ることはできない。
今回はその全貌が我々だけに明らかになる、はずだった。
出発直前、景勝地としても有名な称名滝に、ソロで挑んだ若いクライマーが遭難死したというニュースが流れた。
毎度のことながら SNS などでは無責任なコメントが並んでいた。
万が一事故を起こせば、家族は悲しみ、仲間、警察消防など関係者に多大な迷惑をかけ、マスコミや国民からは非難されるという現実がある。
「言いたい奴には言わせておけ!」という猪木のような鋼のメンタルがあればいいのだが、どうしてもネガティブに考えてしまう。
当然メンバーは事故の情報を共有し、一層気を引き締めて今回の山行へと向かった。
冒険とは何か?「生きて帰ってくることだ」と言った先人がいた。
しかしその人は事故を起こして世間を騒がせ、新聞でも叩かれていた記憶がある。中学3年の時だった。
入渓直後は名前の通り霧降川に霧が降る状態。幻想的だ。オニヤンマが我々の入渓を祝福してくれた。
釜を持った小滝や瀞をいくつも越えていくと突然視界が開け大滝が登場する。
大迫力で多段に流れ落ちる霧降ノ滝下滝。水量と水勢に圧倒され、ぱっと見は全くルートが見出せなかった。
1P 目。つるつるの水流を登り、激シャワーの中を見えないスタンスを探り、倒れこむように一段這い上がる。こんなトコ行くの? と思った。
2P 目。ポイントは出だしの流木に乗っての徒渉と、直上してからのいやらしい泥壁トラバース。落ちたらかなり振られる。
3P 目。凹角を行くのかと思いきや、カンテを回り込み直上。しんめいさん曰く「いちばんまともなピッチ」とのこと。
そして上滝まで約 100m の歩き。
最初のピッチでハーケンを落とした以外は、危なげなく全ピッチのトップをこなしたリーダーWさん。
確かな登攀力と的確なルートファインディング。
さらに妻子あるがための絶対無茶をしない精神もあり、見事でした。急遽私をメンバーに加えてくれて、本当にありがとう。
清原世代のサブリーダーAさん。
山での生活技術や状況判断の早さなどはやはり一級品で、いつも勉強になります。
下滝だけで霧降ノ滝だと思い込み、これから登る上滝は地形図に名前がある玉すだれの滝だと本気で思っていたという、我らがしんめいさん。
事故を憎み、この世から山岳事故が無くなることを常にまじめに願っている。
今日も序盤のゴーロ歩きで軽く転倒しただけのガッツに対し「ヒヤリハットで報告書に書くよ」と言われた。勘弁してくださいよ・・・
一方私ガッツはヒルを憎み、この国からヤマビルがいなくなることを願っている。
上滝は右岸水流際の階段状を行けるところまでノーロープで上がり、上部の幅広テラスまでの数mでロープを出す。
ラストのガッツは、ガバだと思ったホールドが5キロの米袋並みの大きさで剝がれそうになる。落とすか戻すか迷ったが、とりあえず戻した。
次に登るパーティは要注意だ。幅広テラスとはいっても4人では狭く、シャワーを浴びないポジションはすでになかった。
結構なシャワーを浴び続け、ひとり滝修行しながら次の行動を待つハメになる。最初こそ我慢できたがやがて震えがきた。
ここからは落ち口から2条に懸かる滝最上部の流心の裏側を通り抜け、左岸にトラバースのはずだった。
しかし水量が多く、リーダーWさんは偵察の上で無理と判断。左の脆そうな垂壁からルート工作を試みることが決まる。
待つこと数分から 10 数分、左の脆そうな垂壁からのルート工作が始まった。
木登りを交えて垂壁を登るトップのWさんとビレイするしんめいさん。その横で右へ左へと指示を出すサブリーダーのAさん。
活躍する3人の横でスペースが空いてようやく滝修行を自己脱出。
セルフビレーが取れ、テルモスのお湯を飲むことによって震えが止まった。
ルート工作は粘ったもののどうしてもルートを見出せず断念した。そのままラッペル2ピッチで釜に降り立ち、右岸の枝沢を詰めエスケープして起点の駐車場に戻った。
装備解除後は車の前に店を広げてヒルチェックをする。沢靴、スパッツはもちろん、ズボン、シャツ、ザック、ハーネスとあらゆるところに血に飢えたヤマビルどもが引っ付いていた。ジョニ~が来たな~ら♪ と口ずさみながらヒル下がりのジョニーを噴霧した。「〇ね」「お前も〇ね」。このときガッツは全ヒルを駆除したつもりだったが、帰宅後密閉した衣類の袋には5匹のヒルがまだうごめいていた。
今回の霧降ノ滝は、あと少しというところで敗退となった。
この結果をサブリーダーAさんは「水量が多すぎた」と総括した。下山後ネットの成功事例では、上滝上部の幅広テラスからバンドを水流の裏をくぐって楽に左岸に渡れたとあり、水量も少なく見える。
それに比べてこの日の水量は明らかに多かった。
足元のよく見えない中で段差もあり、全員初見で突っ込むにはリスクが高く冒険的すぎると思う。
仮に平水であったなら、渇水期であったなら。右岸上部の幅広テラスからのバンドを水流の裏を通り抜け左岸に渡ることさえできれば、滝下から見た限りではヤブを上がれそうなので、落ち口には抜けられたはずである。
ただそれはそれで、ヤブを登って完登と言えるのか? などとごちゃごちゃ言う人もいるのかもしれない。
しかし、そんなことはどうでもいいことに思える。山登りで最も重要なのは、登頂でも、予定のルートを完遂することでもなく、メンバー全員が無事に帰ってくることなのだから。
[メンバー] W(L,他会)、A(SL,他会)、しんめい、ガッツ
[山行日] 2025.07.26(土)
[コースタイム] 霧降の滝P[6:40/7:20]~Pから南東尾根・林道~Co530m辺り林道[8:08/8:23]・入渓~滝の沢橋[8:46]~霧降の滝(下滝)登攀[10:22/12:35]~霧降の滝(上滝)登攀・敗退[12:40/14:26]~霧降の滝(下滝)の直ぐ上の右岸枝沢出合[14:30/14:40]~右岸枝沢~登山道[15:05]~P[15:15]